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国頭村
クサリマンザマ・アラン
時々は奥間に在、幼年期・青春時代の喜び悲しみの喜怒哀楽…齢の今は 想い出でだけ?。
オジィーさんの副業 ①
2019/07/02
戦後
『原木の製材所』
タケさんが、片腕を失って精米所は休んでいたが、
焼玉原動機を利用して、原木の製材所を始めた。
大戦が終わって、建築材の材木不足で
馬を使って山で原木を切り出す仕事が在った。
馬が通れる程に 幅の無い狭い山道を、
往復するには(ネイティブ アメリカン)の橇が一番だ。
【俗称:アメリカインディアン】は、荷物の運搬に、馬に曳かせた簡易型の橇を使う。
「インディアン」とは(インド人)の事を言うらしい¿。
《馬力組合》 が出来る前の事だ、
ぼくは、カラギ
(ニッキ・シナモン)
の皮を剥いでもらい
食べた記憶がある。
ぼくが4歳の頃。
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Posted by ケンボーショー
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