父の小学生時代

          『父の 小学校時代』

            《 平 和 ナ ル 我 ガ 村 》
父の小学生時代

     奥間タァーブクを前にして 長閑な 村の様子だ。
    左手の山は「金剛山」で右手は「土帝君」の丘山。
         教材の「練習作品」

父の小学生時代

  まだ、辺士名に小学校が在るときの‟絵葉書” 。
「沖縄縣國頭郡國頭尋常高等小学校・尋五 邊野喜 謙三」
       と 書いてある。
【奥間の 前幸地の叔母さんが提供してくれた】
    戦災で奥間に在った役場は焼失して辺士名に移設した。
    戦後、焼け跡は 「奥間小学校・分校」になる。

                                 

         『第二次世界大戦』
【太平洋戦争】
勃発・・・後 七余年もすれば、
    徴兵令で「球部隊」に入隊。
本部の八重岳で、米軍の艦砲射撃と交戦するのだ。
 小銃では 米軍の艦砲射撃には刃が裁たない、
昼は逃げ回って防空壕で昼寝する。
 夕方の五時になると海を埋め尽くす米軍の駆逐艦から
大音量の今 流行りの歌・・音楽を聴く、
  米軍は、まるで仕事揚がりの職人だ。
   
 
        《同じ球部隊にいた奥間の叔父さんの話》
                  (その頃ぼくは、母のお腹の中)


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