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おじぃー・おばぁー
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国頭村
クサリマンザマ・アラン
時々は奥間に在、幼年期・青春時代の喜び悲しみの喜怒哀楽…齢の今は 想い出でだけ?。
大人達と戦跡巡り ③
2019/08/15
幼年期の想い出
『牛島中将自決壕』
ひめゆりの塔
から、次の観光地へ向かった、
途中、道は海岸の近くまで来た。
すぐ近くの海岸に赤錆びた難破船が在った、
その難破船は、身包み剥がされて 残骸が残るだけ。
(
ひめゆりの塔
から海の近くまで道が接近するのは、摩文仁の手前の【大度】辺りでは?
)
摩文仁に着いた、
周りは ススキでいっぱいの坂道を
降りて行くと、自然壕が在った。
【参考資料:当時は獣道、ススキで荒れていた 】
現在の写真:
【参考資料】
今では、しっかり観光地になった。
大人の背丈程の自然壕が在った、
幅は大人の二人分の大きさで、壕の周囲は
黒い煤が付いていたのを覚えている。
【今考えると、米軍の火炎放射器の跡だったのかもしれない】
(正面の裏の窪地の方に道が伸びている、その道を行くと煤けた自然壕が在る)
来た道を引き返すと、
岩だらけのススキヶ原に出た。
【花売り娘?(婆)のいない頃】
一段と上った岩山に、窪んだ自然壕が在った。
運転手が オジィーさんと村人に
(現在の摩文仁ヶ丘)
『ウシジマチュウショウ …!』 と話していた。
運転手が 《ガイド役》 までやってくれるんだ。
日が傾きはじめた、
《戦跡巡り観光》
は終わった、
トラックの荷台に乗って、村人は「あれは良かった …!」
「これも …!」 と、「兵隊は …!」 「南部の住民は …!」
と、感想を言い合った。
トラックは一路、ヤンバルの奥間に向かう、
何処かで
【狐の嫁入り】
が、あつたようだ。
(片降り)
泥だらけの路面を行く。
ゼットコースターの様な V字型の坂道で、
(辺野古辺りかな?)
坂道を下る時には順調で、登る時にはトラックが
坂の途中で スリップ した。
男の大人は荷台から降りて、女は重しになると考えた。
跳ね上がる泥を顔に ・服に付けて、スリップしながら
ヨタヨタと、登り切った。
国頭の奥間村に着いたのは、ランプの灯が点る頃だった。
z
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Posted by ケンボーショー
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